インタビュー:マイボイス研究(川原繁人 准教授)

福澤基金の支援があったからこそ、
マイボイス・プロジェクトがここまで進展した

みなさん、こんにちは。マイボイス・ワークショップへ、ようこそ」マイボイスを通して呼びかける吉村隆樹さんの声が会場に響きます。マイボイスとは、ALSなどの進行性神経難病患者が自分の声で入力した文章を読み上げるコミュニケーション・ツール。自身も脳性麻痺の障がいを持ちながらプログラマーとしてソフトウェア開発をする吉村さんと、都立神経病院の作業療法士として難病患者の日常生活支援を行う本間武蔵さん、そして慶應義塾大学言語文化研究所の川原繁人准教授が中心となり、利用者といっしょにワークショップを開催しながら工夫を重ねているのがマイボイス・プロジェクトです。
慶應義塾大学では2014年から2016年までの3年間にわたり、マイボイス・プロジェクトを福澤基金研究補助対象として支援しました。最初のワークショップが開催されてから6年目、2019年7月6日(土)に本学で行われたマイボイス・ワークショップの後で、マイボイス・プロジェクトの現在や魅力、これからの展望などを、川原准教授にお話をうかがいました。

Q.1 マイボイス・プロジェクトとは、どのような活動ですか?

難病患者さんが自分らしく会話できるよう支援する

神経系の難病といわれているALSは、徐々に筋肉が動かなくなり、病状が進行すると自分の声で話せなくなる病気です。マイボイスはそんな患者さんのコミュニケーションを支援するために開発されました。患者さんがまだ声を出せるうちに自分の声を録音し、その声を使ってパソコンに入力された文を再生することで家族や周りの人と自分らしくコミュニケーションをとり続けることができます。最新バージョンでは音声会話だけでなく、モニター上に字幕を出したり、顔の表情をスタンプとして出したりできるようになりました。
マイボイスを利用しているのはALSなどの難病患者さんたちです。高額な治療代を負担している方たちに広く利用してもらいたくて、マイボイスはフリーウェアとして無償で公開しています。いろいろな方から「お金をいただいて販売したらどうですか」と言われることも多いのですが、それでは私たちが活動する意味がありません。あくまで著作権フリーのソフトウェアとして、使ってくださる患者さんを増やしていくことが私たちの活動の意義だからです。

私がこれを手伝わないで、誰が手伝うんだ

私の専門の研究分野は音声学で、2012年までアメリカで研究活動をしていました。慶應義塾大学に移籍して割とすぐに、あるとき偶然にマイボイスのドキュメンタリー番組を見たのが転機になったのです。それまでの私は、音声について研究しているけれど、それをどういうふうに社会に役立てていこうかと悩みながらも、行動に移せずにいました。この番組を見て、社会との接点を探していたアンテナがビビッときたのでしょうね。作業療法士の本間武蔵先生とプログラマーの吉村隆樹さんの活動を「私がこれを手伝わないで、誰が手伝うんだ」という思いが込み上げてきたのです。
すぐさま本間先生に手紙を書き、本間先生とALSの患者さん、その家族の方たちに認められ、マイボイス・プロジェクトに参加するようになりました。それからは、それこそ寝る時間も惜しんで本間先生といっしょにALS患者さんのマイボイスを作成・改良することがライフワークになりました。

Q.2 マイボイス・プロジェクトのどこにやりがいを感じますか?

研究活動が社会の役に立つと実感できた

マイボイス・プロジェクトに関わる前の私は、実験室に籠もって音声学の研究をしていました。ただ、研究論文を書いて出版の審査に送っても1年くらい音沙汰がないのはザラです。しかも、研究をしていて人から感謝されるということがなかったんですよね。マイボイスの場合、録音して患者さんの声を作り、使ってもらい、私なりに音声学の知見を生かして改良すると、すぐに「ああ、良くなりました。ありがとうございます」と本人が言ってくださるんです。自分の研究活動と社会とのつながりを実感できて、うれしかったですね。患者さんだけではなく、会話ができるようになった家族の方からも喜びの声を聞くことができました。そういうダイレクトな反応は、研究室に籠って研究しているだけでは得られない体験です。
年に2、3回、大学の三田キャンパスで開催しているワークショップでも手応えを感じています。ワークショップに参加する前は医療の現場をまったく知らなかった学生たちが、作業療法士の方がどういう仕事をしていて、何を考えているのかを知るようになる。ワークショップを通じて、患者さんたち、医療関係者、言語研究者、学生などいろいろなバックグラウンドの人たちがつながっていくことは、とても刺激的ですね。音声学を専門に研究している私にとっても、学問に対してまったく新しい視点を与えてくれたのがマイボイス・プロジェクトです。

Q.3 マイボイスはどのように広がっていますか?

ワークショップの回を追うごとに学生の参加が増えた

就職活動に悩んでいた学生がマイボイスのワークショップに参加して、こんな感想を言ってくれました。「経済面ばかりを考えて就活していたんですが、これからは『人の役に立つこと』も考えて会社選びをしようと思います」と。大学で教えていて学生にそういうふうに考えてもらえて、やっていて良かったと思います。現在搭載されているスタンプ機能も学生が提案してくれたものです。著作権に抵触しないように、患者さんたちが自由に使えるようマイボイス用にスタンプをデザインしてくれた学生もいます。このような学生たちの真剣な取り組みや意見がマイボイスを進化させ、難病患者さんたちを救うことにつながるのは素晴らしいことです。学生に新たな視点を持つ機会を与えられたのは、大きな喜びですね。
「教育」と「研究」と「実社会での活動」が、こんなにきれいに連動している例はかなり珍しいと思います。ワークショップの回を追うごとに参加する学生も増えました。マイボイスに関わっていると「声を失っても生きるべきか」、「難病の家族とどう接するか」、「ALSになったとしても、家族のために何ができるか」などといった問いについて常に考えさせられます。そのような答えのない問いに対する探究を学生といっしょにできるのは、誤解を恐れずに言えば楽しいことです。教育・研究・社会をつなぐマイボイス・プロジェクトは確実に広がりを見せているといえるでしょう。

Q.4 福澤基金の支援を受けて活動はどう変わりましたか?

みんなで議論できるワークショップを
必要なタイミングで開催できた

(左)本間武蔵先生 (右)吉村隆樹さん

私は2013年からマイボイス・プロジェクトに参加したのですが、その際にネックになったのが研究活動に必要な資金をどう調達するかでした。東京を拠点に活動されている作業療法士の本間先生と、長崎でソフトウェア開発を行っている吉村さん、そして私が顔を突き合わせて議論し、成果をワークショップで発表することはマイボイスの使い勝手を高めていくために不可欠なプロセスです。また、マイボイスの使い方を学びたい作業療法士の方は全国にいますが、本間先生が全国を回るわけにもいかず、みんなが集まってマイボイスの作り方を学べる場が必要でした。ですから、定期的に東京に集まりたい。しかし、吉村さんは障がい者ですから、移動や宿泊などの際にも付き添いが必要になる。その資金をどう工面するか。
2014年の第1回から2016年までワークショップを開催できたのは、福澤基金の支援があったからこそ。この支援がなかったら、間違いなくマイボイスの開発がこんなに早く進んでいなかったでしょうし、この活動全体が軌道に乗って、ワークショップを継続することもできなかったでしょう。複雑な手続きや研究への制限がないのもこの基金の良いところだと思います。本間先生や吉村さんが自由に研究できる環境をつくり、非営利であるマイボイス・プロジェクトを推進させてくれた福澤基金には、感謝しかありません。

Q.5 今後のマイボイス・プロジェクトの展望を聞かせてください。

全国の患者さんのために活動を継続していきたい

マイボイス・プロジェクトは継続していくことに意味があると思っています。現実問題として、本間先生があと数年で定年を迎えられる。都立神経病院も統合する話がある。吉村さんに続くソフトウェア開発者をどうするか。そう考えていくと、数年後にこのプロジェクトは曲がり角を迎えます。そこで第1の目標が、現在の形で活用を継続していくこと。2番目の目標は、マイボイスを使ってくださる患者さんを増やしていくこと。すなわち、非営利のマイボイスを世の中に広く認知させていくことが大切なのです。現在、私たちのプロジェクトを通してマイボイスを利用している患者さんが全国に350名余り。この先も同じように活動を続けていくのは簡単なことではありません。
マイボイスは難病患者さんの日常生活支援の面で社会に貢献するプロジェクトであることは間違いないことです。さらに、これからは難病患者さんだけでなく、あらゆる状況での発声補助ツールとしてもっと広く利用されていくことを目指しています。このワークショップを通して学生の目の色が変わるのを目の当たりにして、このうえない喜びを感じています。ぜひ、多くの方にワークショップに参加していただきたいですし、引き続きマイボイス・プロジェクトを継続するための支援をお願いします。

マイボイス・プロジェクトに参加したおかげで、
「音と医療」を探究するという進路が見えた

マイボイス・プロジェクトには、さまざまな形で活動をサポートしてくれる人たちがいます。6年前に開催された1回目のワークショップから12回目となった今回まですべて参加し、運営の手伝いをしてきたのが竹内雅樹さん。竹内さんは慶應義塾大学理工学部出身で入学直後から活動をサポートし、現在もワークショップ開催のたびに本学へ足を運んでいます。そんな竹内さんにマイボイス・プロジェクトの魅力を語ってもらいました。

マイボイス・プロジェクトをサポートするようになって6年です。この活動に参加して良かったことは2つあります。1つ目は作業療法士である本間先生が普段どんな仕事をされているか知ることができたこと。2つ目は声が出なくて困っている患者さんが実際にたくさんいらっしゃるのが分かったことです。三田キャンパスで行われているワークショップに来ていなければ、そのようなことを知らずに現在とは違う分野に進んでいたかもしれません。
私は慶應大学理工学部在籍当時、音に関することに興味を持ちました。マイボイスの研究に携わることになり、「音と医療」というテーマが浮かび上がり、現在の研究活動につながっていきました。現在は、医療福祉と工学という観点から、音声でロボットの動きを制御することを目指しています。この研究活動を続けながらマイボイス・プロジェクトには今後も何らかの形で関わっていきたいですね。

私は湘南藤沢中等部入学後、高校、大学を含めて10年間、慶應義塾にお世話になりました。私自身の学びに関しても、さまざまな支援のおかげで今日があると思っています。マイボイスの特長は無料でソフトウェアを公開しているところと、患者さんといっしょになって作り上げていく人間味のあるプロジェクトだというところ。慶應義塾の卒業生として、研究者として、この先も私にできる支援をしていきたいと思います。

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