特集記事

ご支援いただいた方に成果が届くよう、
よい論文を書き、社会に発信していきたい。
――慶應義塾大学 医学部生理学教室 松田 恵子 君

「私が興味あるのは、特定のシナプスのつなぎ方を変えることによってシナプスがより賢くなったり、より記憶が残るようになったりするのではないかということを確かめることです」と語る松田 恵子君。脳科学の基礎的な発見をもとに、シナプスを自由自在につないだり、外したりする新しい分子ツールをつくり上げようとする研究について聞きました。

Q.1 福澤基金の支援によってどのような研究を行っていますか?

脳科学の基礎的な発見をもとにシナプスの形成を仕組化すること


記憶や学習といった脳の機能は、神経細胞同士が情報をやりとりして、シナプスが適切に形成されて機能するのですが、その過程において性質が強くなったり、弱くなったりという変化を起こすことが大事です。私たちはシナプスがどのようにして適切な時期に、適切な場所で形成されるかを確かめるために分子メカニズムの研究を行っています。また、脳科学の基礎的な発見をもとにして、外からどのような方向にシナプスをつないだり、外したりすればいいかを仕組化することにもチャレンジしています。
このような研究はエビデンスに基づいても、うまくいくかいかないかは分からないものです。シナプスをつないだり、外したりする実験結果をもとに、「この部分が大事だから、この部分があるとこういう性質を持ったシナプスが形成されるのではないか」と設計をして、新しい分子ツールをつくり上げることを目指しています。

Q.2 この研究にはどのような意義がありますか?

神経細胞をつなぐシナプス本来の機能を明らかにする


研究の目的は2つあります。第一に、神経細胞の「回路の連結を助ける際の働き」を解明し、臨床に応用することです。移植などによって外から神経細胞を補う、あるいは損傷を受けた神経細胞から新しい枝が伸びる環境をつくる方法が、現在の臨床で応用されています。「伸ばす」「部品となる細胞を外から新たに入れる」に加えて、有効なツールとして臨床で使えるのではないかと考えています。
第二に、シナプスは形成されるだけでなく、ソフィスティケーションを経て「必要なものは機能が強まり、不要なものは機能が弱まる」という性質に着目しています特定のシナプスのつなぎ方を変えることでシナプスがより伝達効率の良いつながりになるのではないか、記憶や学習機能が高まるのではないかという仮説を確かめることに興味があります。
大学時代から「生命活動」に興味があり、基礎医学をどのように社会に役立てるかを考えたとき、体の外側から細胞を移す研究にたどり着きました。シナプス分子は細胞と細胞の間に入り、細胞の外側同士をつなぐ分子です。そのような分子を脳の中に入れたときに「機能がスパッと回復した」という事実は大きな驚きでした。

Q.3 研究する際に大切にしていることは何ですか?

「どうなるのだろう?」という興味の対象を深める


研究は、「こんな考えが実際にうまくいくのだろうか」と思いながら、とにかく始めてみるところからスタートすることが多いですね。「こうなるはず」という確信のもとに実験をするのではなく、「どうなるのだろう?」という興味を抱いた対象を深めていきたい。エビデンスがベースになっていない段階でも、可能性を捨てないことが大切だと思っています。
研究の特徴は、基礎研究の中から役立つシナプス分子を見つけ出すことです。私自身、基礎研究を非常に大事にしていて、研究成果を受けて「こういう使い方ができるんじゃないか」とフィードバックしていただける方(企業・団体)と組んで仕事をしたいと考えています。どのように応用できるかというのは、研究成果の先にあること。だからこそ、一緒に組んで研究を進められる方(企業・団体)が貴重になってくるのです。

Q.4 福澤基金は研究にどのように役立っていますか?

年間を通して途切れることなく研究を後押ししてくれる


福澤基金は年度の初めに助成が開始されるので、4月からすぐに研究資材の購入に助成を充てられる点など、研究活動を効率的に進めるうえで大変助かっています。福澤基金の支援がなければ4月の一カ月間、実験ができないということもあり得ます。1年間、途切れることなく研究を続けることができるのは、非常にありがたいことです。また、公的資金による支援ではパソコン周辺機器やデジタルカメラなどの一般資材を購入するのが難しいのですが、充当対象が柔軟に設定されているのも福澤基金の大きな魅力です。
私たちの研究室では、日本各地から研究者をお招きして講演会を開催する機会があるのですが、その際の交通費や打ち合わせ費の捻出も福澤基金でまかなっています。常日頃から新たな情報を入手して研究に役立てることは研究者として不可欠です。それを可能にしてくれるのは福澤基金の支援があるからこそだと思っています。

Q.5 慶應義塾の研究環境をどう思いますか?

研究室の垣根なく交流でき、興味深い情報をシェアできる


大変良い環境です。慶應義塾大学医学部だけでも、さまざまな研究をされている先生方がいらっしゃいます。総合的な教育研究機関であるため、医学部全体のセミナーや講習会で他の分野の研究者から非常に興味深い情報をいただくことも可能です。さらに、研究室の垣根なく交流できる点も気に入っています。「こういうことについて教えてほしい」とメーリングリストで流すと、専門の方からすぐに回答が得られる。一緒に研究しているチームではないけれど、いろいろな場面で助けてもらえる環境があるのは、研究を進めるうえで大きなメリットですね。
海外の研究者とも一緒に研究を進めています。以前は定期的に国を行き来していましたが、コロナ禍の現在ではオンラインベースでコミュニケーションをはかるようになりました。業務報告などは常時やり取りしているので、むしろ現在のほうが頻繁に情報交換を行っているほどです。テーマごとにつながったドイツやイギリスなど海外の研究者と共同で研究を進めるのは、もはや日常です。

Q.6 塾生に期待することはありますか?

いろいろなことに興味を持ち、飛び込めば世界が広がる


学生のみなさんはいつも忙しそうに見えます。試験に通るための勉強も大事だと思いますが、それ以外の時間も楽しんでほしいですね。普段は忙しくてできないことでも、思い切って興味のあることに飛び込んでみれば、そこには面白い世界が広がっているのではないでしょうか。勉強のためだけではなく、私たち研究者の話を聞いたり、研究室を見に来たりするだけでも構いません。大学の素晴らしい環境を授業以外でも有意義に活用してもらいたいですね。これだけ整った環境なのですから、授業だけにしか使わないのはもったいないこと。もっと、興味深いことに触れることができると思います。飛び込んでくるのなら、いつでもウェルカムの姿勢でいます。

Q.7 塾員のみなさまにメッセージをお願いします。

ご支援が目に見える形になるよう、成果を出していきたい


福澤基金のご支援をいただくことは研究者にとって非常にありがたいことです。この支援をもとにした研究成果をみなさま方に届けるため、積極的に発信していきたいと考えています。私たちの研究をどれだけ世の中の人にアピールできるかは、よい論文を書くこと、学会で発表することにほかなりません。
最近では動物実験等も多くやるようになってきました。このような実験からエビデンスを導き出すのは、とても時間のかかることです。何度も実験を重ね、それを論文にまとめて学会で発表するまでは、長ければ5年ほどかかります。着実な作業ですが、これら一連の過程を通して、みなさま方の目に見える形で成果を出せるよう、これからも研究に取り組んでいきます。

※掲載内容は2021年10月06日現在のものです。

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