塾員バトン・インタビュー:小田 與之彦 君/石川県和倉温泉 加賀屋 代表取締役社長

時はバブルの真っただ中。
「未来は明るい」という希望に満ちた4年間を
慶應義塾で過ごした。
――石川県和倉温泉 加賀屋 代表取締役社長 小田 與之彦 君

石川県三田会や青年会議所、旅行業界などで塾員ネットワークを築いて精力的に活動を続ける小田 與之彦君。慶應義塾の結束力の理由を尋ねると「やはり福澤先生の教えが引き継がれていることが塾員の求心力になっている」と答える小田君に、塾生時代に印象深かったことや現在の活動について聞きました。

Q. どのような学生時代を過ごされましたか?

A. 浅井ゼミの仲間と過ごした
 
濃密な時間が印象深い。


1991年の卒業ですから、俗にいうバブル世代です。慶應義塾大学で過ごした4年間は世の中の景気が良くて、「未来は明るい」という希望に満ちた時代でした。いろいろな思い出がありますが、商学部のゼミの仲間と過ごした時間がいちばん印象深く残っています。浅井 慶三郎教授が主宰されるマーケティングのゼミに所属していました。同期が22名いましたが、最終学年のときは私が調整役としてゼミ代表を任されました。浅井先生は一人の人間として尊敬できる素敵な方でした。4年前に亡くなられた際には銀座で偲ぶ会を行い、当時のゼミの仲間が多く出席したほどです。亡くなる少し前にいただいた手紙には「僕は紅葉が散りかけている一葉です。やがて、土に落ち、腐葉土になり、次世代の新芽を萌えさせる。これが僕の希望です」と書かれていました。とても素敵な生き方だと思いました。私の塾生時代は、これから世の中へ羽ばたくための生き方を学んだと言っても過言ではありません。
就職活動を始める前にゼミの仲間22人で山梨県に合宿へ行ったのが良い思い出です。バブル真っただ中で就職先には恵まれていましたが、全員が行きたい会社に入れるかといえば、そうではありませんでした。そこで仲間と車座になって夢を語り合い、将来を現実的に考えました。「お前は何がやりたいんだ」「なぜ、その会社に入りたいんだ」と、仲間が繰り出す質問に、まだ将来に対する考えが固まっていなかった私は答えられず、大きな刺激を受けたのを覚えています。今思い返しても楽しかったし、貴重な合宿でした。そのとき合宿で将来を語り合った仲間たちとは、今でも集まる機会が多いですね。なんでも言い合える間柄で、卒業旅行では石川県の実家の旅館に同期の22人が揃って宿泊しました。
それから、ちょっとした自慢なのですが、私たちのゼミの卒業写真はラーメン二郎の店舗前で撮影したんです。スーツ姿あり、カジュアルな服装ありの個性的な集合写真。慶應義塾大学では何万人も卒業生がいらっしゃると思いますが、ラーメン二郎を背景に卒業写真を撮ったのは私たち22名くらいでしょう(笑い)。

Q. 卒業後の進路について聞かせてください。

A. 実家の旅館を継ぐ前に商社で国際感覚を養った。


旅館の長男なので子供のころから、将来は実家を継ぐものと教育されて育ちました(笑い)。普通は大学を出てホテルや旅行会社などで修業するケースが多いと思いますが、私はまず、違った世界を見てみたいと思ったのです。実家とは違う厳しい環境で揉まれたほうが自分を成長させられるのではないかと。また30年前は、旅館に入ってしまうと外の世界とはなかなか接点が持てない時代。だからこそ、そのまえに海外とかかわりあう仕事がしたいと総合商社の丸紅に入社し、4年半在籍しました。
実は丸紅に入ったきっかけもゼミの先輩がいたのが大きかったんです。私のことをすごく気にかけていただき、よく相談に乗ってもらいました。丸紅には慶應の同期が20人ほど入り、今でも連絡を取り合っています。丸紅では主に輸出入品を船積みする際の運賃交渉などを担当していました。交渉相手は南米チリの船会社だったり、米国ニューヨークの船会社だったり、海外とのやり取りが主です。日本とは13時間くらい時差があるので、向こうの朝9時はこちらの夜10時。金曜日などはこちらの仕事が終わった後に限って電話がかかってくるということもしばしばでした。交渉がまとまり、クロージングともなると夜中の4時頃、寝ている時間に電話が鳴る。そのうち呼び出し音が鳴るまえのブチッという通電音で起きられるようになりました。
書類や電話のやり取りは英語で行い、住宅の着工件数によって木材の輸送料が変動するのに気を付けたりする必要があるなど、国際感覚がかなり養われる仕事です。地球全体を俯瞰しながらの仕事は、いろいろなことを経験でき、いい勉強になりました。4年半経って、そろそろ実家の旅館経営に入ろうというとき、ホテル経営学で有名な米国コーネル大学に2年間留学しました。このときもやはり塾員の方との出会いが留学を後押ししてくれ、塾員のつながりが今の私へと導いてくれたと思っています。

Q. 旅館経営で大切にしていることは何ですか?

A. お泊りになる全ての方に感動していただくこと。


コーネル大学のホテルスクールで修士号を取得して、実家である石川県和倉温泉の加賀屋旅館の経営に携わるようになりました。旅館経営では毎日毎日、一年一年、「お泊りになるすべての方に心より寛いでいただきたい」という想いでおもてなしをしています。おかげさまで業界誌が選ぶ旅館ランキングで36年続けて1位という評価をいただきました。しかし、一方で「何かがずれているんじゃないか」という感覚もありました。人間は、「1位なんだから変えなくていい」と保守的になる面と、「今変えなければいけない」と思う面があり、葛藤しました。
そこで米国で学んだ合理的な運営を土台に改革を行ったのです。それまで「笑顔で気働き」が加賀屋のモットーだったのですが、具体的に何をやるかは人任せでした。同じ「笑顔で気働き」といっても社員によってとらえ方が違ったのです。そこで「笑顔」は、「笑顔で接客すること」。「気働き」は、「お客様の表情やひとことを伺ってベストなおもてなしを考えて接客すること」と定義しました。これを行動に落とし込んで1日の勤務中に最低5回はお客様と接点をつくると決め、全社員でやりましょうと実行に移しました。何でもいいんです。廊下ですれ違ったら話しかけて、お手洗いまで誘導するとか、玄関前のお客様に話しかけて記念撮影のシャッターを切って差し上げるとか。できたか、できなかったか。できないなら、なぜできなかったのか、どうすればできるようになるのかなどを話し合いました。
すると、お客様アンケートの評価が上がったのです。社員にしてみれば、自分たちの努力が目に見える形で認められた。それからです。社員一人ひとりの意識が上がり、いろいろな取り組みを自発的に始めるようになりました。今では加賀屋が大切にする信条を31個にまとめ、日めくりカレンダーにして毎日読み上げて浸透をはかっています。コロナ禍で休館していた際は、客室係の社員にお客様に喜ばれた経験を話してくださいと全員で共有しました。そうすることで一人ひとりの引き出しが増え、さまざまな状況にも適切に対応できるようになると思っています。

Q. 慶應義塾とのつながりを感じることはありますか?

A. 石川県三田会をはじめ
 
各界の塾員と交流している。


地元の石川県三田会に所属し、副会長をさせていただいています。石川県で主要な企業のトップや商売をされている塾員の方が多く入会されています。最近は会長をはじめ役員が若返り、30代の方が役職についてフレッシュな顔ぶれになりました。新しい取り組みも積極的にはじめるなど、全国の三田会でも進んでいるほうではないかと思います。
旅行業界では、JTBの元社長(現相談役)の田川博己さんも塾員です。2007年に能登半島で地震が起こった際には、翌日に「加賀屋、大丈夫か」と駆けつけていただきました。当時は、いろいろな旅行社さんに心配していただき、ほんとうに感謝しています。また、青年会議所にも所属して各地の塾員の方と交流し、卒業25年の後からは1991年三田会の同期とも集まるようになりました。卒業25年記念事業用の映像を作ってくれたのは、TBSに入社した小掛 義之君。彼はよく石川県に来てくれ、一緒にゴルフをする仲です。彼の影響でラグビー部のOBの集まりにも顔を出すようになり、年に1回ゴルフコンペにも参加しています。

Q. これからの慶應義塾に期待することは何ですか?

A. もっと地方との接点を増やしてほしい。


慶應を卒業したという理由だけで、多くの塾員の方と接点ができ、お付き合いの幅が広がっています。慶應義塾にはほんとうに感謝しています。後輩のみなさんにも豊かな人生が広がるように、私たちが恩返しをしていきたい。また、それができる人間になっていかないといけないと思います。今の塾生のみなさんは「なぜ、自分は慶應に入学したんだろう」という初心をもう一度考えて、やりたいことを全力で頑張っていただきたいですね。
私は地方に住み、地方で活動をしています。もっともっと石川県から慶應義塾に行く人が増えるよう働きかけているところです。地方と慶應の接点を今以上に増やしていってほしいですね。数年前に福井三田会が野球部を招待して、地元で慶早戦が行われました。金沢にもラグビー部を呼んで慶早戦を開催しました。塾員はやはりみなさん愛塾精神があると思いますから、自分自身と何らかの接点が見つけられれば、義塾への想いが「支援」という形になるのではないでしょうか。

Q. 塾員のみなさんにメッセージをお願いします。

A. これからもご指導をよろしくお願いします。


福澤先生の教えで印象深い言葉が2つあります。ひとつは「一身独立して一国独立す」。一人ひとりが自分の頭で考えて行動することの大切さ、そのような人間を日本は作っていかなくてはならないと、あの時代に福澤先生が唱えられたのは素晴らしいことです。慶應のみならず、日本にとっても大切なことであり、そのような思想がある慶應義塾で学んで良かったと思っています。
もうひとつは「半学半教」。たとえば、私どもの旅館「加賀屋」には、いろいろなところから研修をさせてほしいという申し出をいただきます。ある金融機関から将来の幹部候補の方たちが研修にいらっしゃったとき、こちらは旅館の仕事を通しておもてなしを教えるのですが、弊社の社員も研修受講者の方たちに触発され、いろいろなことを学び、むしろこちらが教わったことが多いほどです。社員の成長につながったと思っています。一方的に教えるだけでなく、相手からも学ぶ意識を持つことの大切さを教わりました。
慶應の結束力の源泉は福澤先生の教えではないでしょうか。その教えがずっと引き継がれていることが塾員の求心力になり、慶應出身というだけで親近感が湧くものです。これからもご指導をよろしくお願いします。

※掲載内容は2021年3月5日現在のものです。

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