塾員バトン・インタビュー:銅冶 勇人 君/アパレルブランドCLOUDY 主宰/NPO法人Doooooooo 代表理事

もっと肩を組もう! もっと繋がろう!
――アパレルブランドCLOUDY 主宰/NPO法人Doooooooo 代表理事 
銅冶 勇人 君

ペットボトルから作ったという色鮮やかなジャケットを着こなして颯爽と現れた銅冶 勇人君。アパレルブランド「CLOUDY」事業とNPO法人の活動を通してアフリカへの支援を続ける想いと、慶應義塾の一貫教育校などで授業を行い感じたことを熱く語ってもらいました。

 

それぞれの立場で物事を考える。

―― 慶應義塾在学中は、どんな生徒でしたか?

幼稚舎から一貫教育校に通い、大学まで慶應義塾で学びました。小・中・高校時代は無遅刻無欠席で、授業や提出物をまじめに頑張る生徒でした。「やってもやらなくてもいいことでも、やってみなさい」と両親に育てられたせいか、何にでも挑戦するのがあたりまえ。幼稚舎では、ほとんど女子しかいない編み物教室にまで参加していたくらいです。
また両親からは「誰かのために何かをしたいのなら、自分でそれを作り出しなさい」と教えられました。たとえばユニセフの募金にしても、わが家ではジャラジャラと小銭を持っていきました。家で新聞取りやお皿洗い、お風呂掃除などのお手伝いをしてもらったお駄賃を貯めて、それを学校へ持っていって寄付していたからです。夏休みの自由研究では、ボランティア活動をしていた祖母の影響で、聴覚障害の方のための立体的な絵本を作って提出したりもしていました。人のために何かをやる意識は、この頃に芽生えたように思います。

―― 大学で打ち込んだことは何ですか?

大学では海外留学をしたいと思い、三田キャンパスで社会人向けの英語講座を受けたりしましたが、両親の賛同を得られず最終的に断念しました。両親には「今、目の前のことに努力しない人間は留学しても努力できない。アメリカに行ったからって何かが劇的に変わると思うな」と返され、もっともだと思ったことを覚えています。そのおかげで大学4年間は高校時代からやってきたアメリカンフットボールに打ち込み、最高の仲間たちと多くの目標を全うし、貴重な学びを得られました。

大学4年時のラインバッカーの戦友たちと
長くキツい夏合宿の最終日。

体育会アメリカンフットボール部では1年の秋からレギュラーになり、大きな自信になったのですが、どこかに驕りがあったのか2年の春に靭帯3本を切って骨折する大怪我をしました。手術、リハビリを経て復帰したものの成績は芳しくなく、レギュラーには戻れず挫折を味わいます。
しかしそのとき、試合に出られない人がいること、試合には出なくてもチームのために動きチームを支える人がいることを知りました。そういう人たちが組織を支え、そのおかげで部員が練習できていることを改めて意識したのです。チーム全員がモチベーションをもっと上げるにはどうしたらいいのか、「それぞれの立場で物事を考えることの大切さ」を学んだ貴重な期間でした。

 

いい意味で相手の期待を裏切る。

―― 大学卒業後、どのように進路を選びましたか?

テレビが好きだったので、テレビ局に入ってバラエティ番組を制作することしか考えていませんでしたね。某テレビ局を受けて内定をいただき、あとは無事大学を卒業するだけでしたが、企業を通して世の中を見る機会は就職活動の期間しかないと気づき、他の企業も見てみようと思いました。そこで、まわりから「とんでもない実力のメンバーがたくさんいるらしい」と聞いたゴールドマン・サックス証券株式会社に興味を持ち、エントリーシートを出したのです。締め切り前日でした。
この会社の審査方法は面白く、約12人で行う一次審査、約6人で行う二次審査の合同審査会を通過すると、最終審査の個人面接に進みます。最終審査では1対1でさまざまな?部署の方と約70回にわたってと面接をしました。現場のスタッフとマンツーマンで話す面接を70回もするのですから、尋常ではありません。若い人、癖のある人、圧力をかけてくる人、やさしい人…さまざまな人と直接話をして感じたのは、全員が共通して「この組織を1番にしたい」という気持ちを強く持っていたことです。話をした70人の個性はバラバラなのに、全員がこんなに同じ方向を向いている組織をこれまで見たことはありませんでした。
「社会人生活の最初にこんな組織に身を置いたら、その後の自分の人生は必ず変わっていくだろう」と思い、テレビ局の内定を丁重にお断りし、ゴールドマン・サックス証券への入社を決意しました。当時は「金融業界に興味があるか」と言われれば、そこまではないというのが本心。それでも採用された。その理由を改めて考えてみると、「相手を楽しませるにはどうしたらいいか」と考えて審査会や面接に臨んだことと、良い意味で相手の期待を裏切る発言をしたことが良かったのかもしれません。

―― ゴールドマン・サックス証券では、どんなことを意識しましたか?

今考えれば、色々なチャレンジをさせてもらったと思います。英語力も金融の知識もそれほどない自分が外資系金融企業で働くわけですから、さまざまな試練が待ち受けていました(笑)。英文のメールが1日に500通ほど来たり、会議では当然のように英語で話す人がいたり、世界各国の新人がニューヨークに集結して1カ月間新人研修が行われたりと、その後7年間在籍できたのが不思議なくらいでした。私がこの組織で仕事ができた一番の理由は、まわりの人に気持ちよく動いてもらうことを常に意識していたからにほかなりません。案の定、新人研修のフィードバックが日本のボスのもとに届き、「ほんとうに英語はできない。ただ、誰からも好かれる能力があり、彼を中心にクラスが回っている」という評価がなされました。ボスは女性でしたが「あなたは普通の人と同じことをやらなくていい。あなたらしく、あなたにしかできないことをとことん頑張りなさい」と言ってくれました。彼女が私の可能性を引き出してくれ、自分らしく仕事をやっていいんだと教えてくれたから今の私があると思っています。今でも常に意識していることは、「どうしたら目の前にいる人が喜んでくれるか、どうしたら楽しませることができるか」を考えることです。

―― 入社3年目にNPO法人を立ち上げましたね。

はい。アフリカを支援するために立ち上げたのですが、アフリカに目を向けたのは大学の卒業旅行でケニアのマサイ族の家にホームステイしたのがきっかけです。このときは海外留学と違って親の猛反対を押し切って敢行したのですが、非常に貴重な経験になりました。マサイ族の生活そのものも新鮮でしたが、スラム街での生活体験ではものすごいカルチャーショックを受けました。なにしろ、200万人以上が暮らしていると言われているこのスラム街は、200世帯に1つ程しかトイレがない、劣悪な環境で悪臭が立ち込めているのです。寝転がっている人がいたり、物乞いをしている子どもたちがいたりする光景を目の当たりにするなど衝撃を受けた一方で、「自分がこの境遇を経験したのは何か理由があるはずだ」という前向きな気持ちになったのも事実です。その後、ゴールドマン・サックス証券在籍中の3年目にNPO法人Dooooooooを立ち上げ、毎年9日間の休みを取ってケニアへ行き、現地の人たちのための学校を建設するなどの支援活動をするようになります。
2018
ガーナで3校目となる幼稚園と小学校の開校式

 

本質を捉えた支援をするのが大切。

―― お金やモノを寄付する支援をしないのはなぜですか?

現地にいると、日本の企業や団体が服などの色々なモノを寄付する支援をよく見かけます。しかし、途上国の問題の本質を捉えたアクションは少ないというのが私の印象です。アフリカにはアフリカの民族がいて、彼らが長年培ってきた生き方や文化があります。そこに日本のやり方や文化を押し付けても、うまくいくわけがありません。私が考える支援は、現地の民族や文化を尊重しながら本当に必要とされるものを作っていくこと。学校作りにしてもそうです。色々な団体が現地に学校を建設するのですが、設置後の運営まで考えて計画しないので学校はつぶれてしまいます。また、私立の学校を作って運営するとなると、資金を投入し続けなくてはなりません。計画段階でそれを見通せないのは無責任だと思います。
ガーナのアブイチタ村で毎日見られる水汲みは行き帰りで45分以上かけて、毎日5−6往復。

―― ガーナで公立の学校を作る理由を教えてください。

私たちは政府や村を巻き込み、現地の人たちと一体となって公立の学校を作ることに特化しています。政府や自治体が先生の給料を捻出し、村のコミュニティを作ってしっかりと継続的に学校運営をしていくことが大切だからです。コミュニティに学校が根づき、私たちが直接かかわらなくなったとしても運営が続いていく持続的な学校運営の仕組み作りを進めています。途上国では、お金やモノを提供するだけでなく、現地の人たちが生きていくうえで必要となる教育や仕事につながる学びの環境や技術を継続して提供することが最も大切です。それを実現するのが真の意味での「循環型ビジネス」だと思っています。
2020
ガーナのボルタ地区にて4個目で初めての中学校の開校式。

―― アパレルブランド「CLOUDY」も循環型ビジネスになっていますね。

アフリカへの支援を始めた当初は学校作りに力を入れていたのですが、現地で学校を卒業しても「女性には仕事がない」という現実に直面しました。ジェンダー格差に衝撃を受け、人が生きる上では教育より職に就けるかどうかの方がまずは大事だと痛感したのです。そこで、「どうやって現地に仕事を作り出せるか」と考えたとき、民族衣装の素敵な生地に目をつけ、この文化がもっと世界に広がっていくべきだと思い、アパレルブランドを立ち上げるという着想を得ました。
環境問題への取り組みとしてTシャツの素材は無水染色と呼ばれるリサイクル素材を採用。

庭先でミシンを使って縫い物をしている現地の女性たちが働ける縫製工場を作り、現在ではガーナに600名以上の雇用を生み出しています。

ガーナのアクラにあるCLOUDYの自社工場で元気に働くワーカーのみんなと。

日本にも欧米にもアフリカン・ファブリックを使ったファッションはまだ浸透していません。だからこそ、NPO法人と株式会社という2つの軸で非営利と営利の両輪を回していく新しい循環型ビジネスモデルに可能性があると思ったのです。

 

求めれば返ってくるのが慶應の良さ。

―― 学校作りから会社設立・運営までを一人でやったのですか?

最初はまわりにNPO法人の知識がある人がいなかったため、本屋へ行って「NPO法人の作り方」という本を買って勉強するところから始めました。しかし、一人でやるには限界があると思っていた矢先、手を差し伸べてくださる人がいたのです。慶應のOBの方たちでした。「こんな人がいるから紹介するよ」「この分野は得意だから手伝うよ」「何かあったら言ってよ」多くの塾員の方に声をかけていただきました。欲しいと思っている情報をすぐ手に入れることができたり、必要な人とすぐに会うことができたりする、それが慶應義塾のネットワークであり、素晴らしさです。今なお多くの方が私たちの活動を応援してくださっています。塾員バトンに登場された廣瀬 俊朗さんもその一人です。年に1回開催しているスポーツフェスティバルのために、ガーナに一緒に行っていただきました。塾員であることで恵まれた環境に身を置くことができ、感謝するばかりです。「求めれば何かが返ってくる」のが慶應義塾の良さだと改めて実感しています。

2020
廣瀬さんと一緒にガーナで実施したスポーツフェスティバルには約2000人の子どもたちが参加。
村の子どもたちと。
 
※廣瀬 俊朗 君インタビュー
https://kikin.keio.ac.jp/feature/interview_hirose/

 

―― アパレルブランド「CLOUDY」を通して実現できたことは?

「CLOUDY」の事業は、教育・健康・雇用の3つのテーマで活動しています。どういう形で、どのように運営していくかは、事業を立ち上げた当初から試行錯誤してきました。「アクションにかかわるすべての方と一緒に作っていく」やり方が良いと思い、プロダクトも、ブランドのしくみも、背景にあるストーリーも、モノを作る人間と買ってくださる方、それをプレゼントされる方も含めたすべての方が一体となって行動できるブランドが「CLOUDY」の狙いです。
ボルガタンガ地区の織工場。ここではケンテと呼ばれるガーナ伝統の手織り生地の生産から雇用を創出している。

これまでガーナで幼稚園や小学校、中学校を作ってきましたが、5校目の学校としてクリエイターズスクールを開校する予定です。デザイナーやカメラマン、映像スタッフ、音楽家などを輩出し、ガーナから世界に羽ばたいてほしいと考えています。
雇用に関しては、設置した5つの工場で600名以上が働いています。現在6つ目の工場を建設中なので、雇用はさらに増えるでしょう。工場で働く女性たちからは、「子供を学校に行かせられるようになった」「子供を残してきた田舎に当初は1年に1回しか帰れなかったが、今では1カ月に1回帰れるようになった」など、嬉しい話を聞きます。現地の一人ひとりの人生が良い方向に変化していくのを見届けるのは、何物にも代えられない喜びがあります。
コロナ化において10万人に食料と生活必需品を配布した際に訪れたスラム。

―― 子供たちへの教育はどのような内容ですか?

教育に関しては、特に取り組んでいきたいテーマとして性教育に力を入れています。日本ではタブーとされがちですが、未来ある子供たちに正しい知識を伝えることは一生を左右することです。女の子には、「なぜ生理がきて、どのような周期があるか」など、これまで誰にも相談できなかったことを学校でいつでも相談できる環境を作りたいと思っています。
また、私たちの工場で作った布ナプキンを提供してあげることで、自分では買えない女の子たちへのサポートになると同時に雇用も生まれるようになります。
さらに、学校にミシンを提供して、自分たちで布ナプキンを作るところまでを性教育のカリキュラムにしています。それがまさにモノを提供するだけでなく、本質を突いたアクションではないでしょうか。
ワクチンの摂取が乳幼児に行き届いていないガーナでワクチンプロジェクトを実施。

もうひとつ力を入れているのが給食です。学校で給食を提供することで母親側の雇用を生み、子供を学校に行かせるハードルが下がるんです。ご飯を食べられることが通学に対する親の理解を得ることにつながり、出席率の向上をもたらします。子供たちはタッパーで給食をもらい、それを半分残して家に持って帰り、腹を空かせている兄弟姉妹たちに分け与えているようです。
給食の配布はCLOUDYの大切にしているアクション。
学校の就学率が上がる最も重要な理由がこの給食。

―― これからやりたい取り組みはありますか?

新たに農業プロジェクトをスタートさせました。学校の敷地近くに広大な農地を作り、給食で提供する食材をそこで作ります。収穫したら学校だけでなく村全体が自給自足できるようにし、収穫量が増えるにつれて出荷したり販売したりできるようになるのが目標です。ここでも雇用を生み出したいと思っています。将来的には缶詰などの保存食を開発したり、国の産業に発展させることを計画しています。このプロジェクトには宮崎県の宮崎市がアクションを起こしてくれました。今後は宮崎県地元農家の方々から人材を派遣していただき、一緒にプロジェクトを成功させるために取り組んでいきます。日本の自治体と途上国が一緒にアクションする新しいプロジェクトとして、持続的なビジネスを構築していけるよう動いているところです。
ガーナでスタートした農業プロジェクト。学校の給食の材料だけでなく、村の自給自足の構築と産業から雇用を生み出すことを目指す。

また、アパレル事業では現在5名のデザイナーがテーマを決めて新しいアフリカの柄をデザインしています。すでに500柄くらいのストックがありますが、このブランド資産をライセンスとして世界に汎用させていくことを考えています。ウエアの柄以外にも、さまざまなラベルなどに柄を提供してアフリカン・ファブリックの素晴らしさを広めていきたいですね。カラフルな色調は欧米では人気があるので、「CLOUDY」ブランドをグローバルに展開していくのが楽しみです。
コロナ化において10万人に食料と生活必需品を配布した際に訪れたスラム。
人口の約80%が日雇いで生きているガーナの国民にとって仕事を創出することが生命線。

 

温度があるお金には情熱がある。

―― 現在、慶應義塾とコラボレートしていることは?

一昨年、慶應義塾中等部で初めて授業をさせていただいたご縁で、生徒さんたちが使うブランケットを作りました。三色旗のカラーリングで作ったのですが、ペットボトルを再利用した素材を使用しています。みなさんに購入してもらった金額の10%をアフリカ支援のためのアクションに使わせてもらいました。それがきっかけで第2弾として、昨年は水泳用の防水加工をしたトートバッグを一緒に作りました。当初は中等部のために作ったのですが、大学の生協でも販売していると聞いています。慶應義塾と一緒にSDGsをテーマにしたアクションに取り組むのはたいへん有意義なことです。
また、横浜初等部のクラブ活動をはじめ中等部、普通部、慶應義塾高校で授業もやらせていただきました。横浜初等部では小学校の授業で教えられる内容より少しビジネス寄りに組み立てて環境問題を考慮したプロダクトを企画するワークショップを行ったのですが、一人ひとりがしっかりとした意見を持っていることに驚きました。頼もしい子どもたちの姿に触れ、未来は明るいと実感しています。
 

―― 慶應義塾をサポートする意義をどう感じていますか?

卒業して何年も経ち、連合三田会の運営などに携わったりすると、「慶應義塾や慶應義塾を支えるこういう活動にもお金が必要なんだな」ということが分かってきます。塾員を束ねたり、慶應義塾が教育研究機関として発展するためには、私たちには知られていない資金繰りがたくさんあると思っています。しかし、「慶應義塾のどのような活動に資金が必要なのか、どのように資金が使われているのかが見えない」というのがネックになっているのではないでしょうか。若い人たちにとって、慶應義塾に寄付をすることの意義が見えにくいですね。「寄付した先が何になるのか、どうなるのか」が良く分からないため、その想いを寄付という形にしにくいのかもしれません。私はお金って、「温度」だと思っています。温度があるお金には、そこに「情熱」があると思うんです。だからこそ、慶應義塾の寄付には温度が通っていることがすごく大事。塾員の方は他の大学以上に温度がある方が多いので、もう少し若い人たちが分かりやすい形、楽しんでサポートができるしくみを作ってもらえれば、一人ひとりが慶應義塾の一員だと再認識できるのではないでしょうか。

 

リレーション作りが可能性を広げる。

―― 塾員が一体となるには何が必要だと思いますか?

今の日本で足りないものは、私がアフリカで感じたことと共通する部分があると思っています。それは、どう「物差し」を作るかということです。これはあってはならないことですが、アフリカで運営している工場で働く人の中に、勝手にミシンを持って行って売る人がいます。日本では即刻クビになるような行為ですが、明日わが子を食べさせるお金がない現地の人にとっては生き延びる手段で、一概に否定できません。では何が大切かと言えば、一緒にルールを作ること。お互いに相手を尊重しながら一緒に「物差し」を作ることが途上国でのビジネスでは一番大切だと学びました。
 
現在620名のワーカーたちがCLOUDYの商品を生産してくれている。

日本でも同じようなことが起きていると感じています。上の年代の人が下の年代に対して、「〇〇世代」とレッテルを貼っていることです。「どうせ、〇〇世代だから…」と片付けて対話をしようとしない。それに対して若い人たちも、「どうせ上が…」と諦めてしまう。お互いに向き合わない、戦わない、チャレンジしない。それが「物差し」作りを怠っている要因ではないでしょうか。これが新しいものを生み出す機会を阻害しているのです。塾員が一体となって前に進むためにも同じことが必要だと思います。


ガーナのボルガタンガにあるバスケット工場では毎日ダンスの時間がみんなの大好きなひととき。

 

―― 最後に塾員のみなさまへメッセージを!

若い人から先輩方までこれだけ強固なリレーションを作れる組織は、慶應義塾のほかにはあまりないと思っています。面白いことを考えている人がいて、バラエティに富んだ人がいるのが慶應義塾の素晴らしいところです。若い人たちが何かを求めたときに色々な可能性を広げてくれる先輩方がいらっしゃることは、ほんとうに心強いこと。それはなぜかと言えば、先輩方も若い頃にそうやって可能性を開いてもらったからだと思うのです。これこそが慶應義塾の一番の財産ではないでしょうか。
若い人たちはこのリレーションを積極的に作っていくことで、想い描くパフォーマンスを実現するチャンスが増えるはずです。塾員同士の「物差し」は、いくらでも作ることができる。自分から繋がれる方法なんて、いくらでもあります。だから、「もっと慶應義塾で肩を組もうよ!もっと繋がろうよ!」と言いたいです。先輩方から受け継がれてきた、後輩に対する奉仕の精神を私たちも引き継いでいかなければなりません。その先に新しい可能性が生まれると信じています。
みんながいつも素敵な笑顔をしていることこそがガーナの国民性。幸せの見つけ方は日本人よりも大きく優っている。(コロナ化において10万人に食料と生活必需品を配布した際に訪れたスラム)
 

※掲載内容は2022年4月13日現在のものです。

特集一覧に戻る