インタビュー:肺細胞直接リプログラミング研究 石井誠 准教授

直接リプログラミングによる肺細胞の再生に成功。
その研究を支えたのは福澤基金だった

今、世界中で注目が高まっている再生医療。社会に大きなインパクトを与えるこの分野で研究を続けているのが、慶應義塾大学医学部の石井誠准教授です。呼吸器内科の臨床の場で患者さんを診る一方、内科学教室で学生、大学院生を指導しながら「肺の再生」の研究を進めています。慶應義塾大学が2010年から福澤基金研究補助対象として支援した同研究は先般、国際特許の出願を完了。今後ますます期待される肺細胞の直接リプログラミングについて、石井誠准教授にインタビューしました。

Q.1 現在の研究内容について教えてください。

iPS細胞を経由せず、直接肺の細胞を再生する

慶應義塾大学医学部卒業後は、米ミシガン大学に留学して肺感染症など免疫をテーマにした研究を行っていました。2009年に留学から戻った際に、同じ医学部に在籍していた家田真樹講師(当時)が心臓線維芽細胞から直接心筋様細胞を作成する研究をしていたことから、私の専門分野である呼吸器でもリプログラミング技術を応用した研究ができないかと着想したのです。家田さんとは医学部の同級生でもあり、プライベートでも仲の良い関係。私の思いを相談したら背中を押してくれ、研究に取り組むようになりました。
こうしてiPS細胞を経由せずに「線維芽細胞から肺の細胞を再生する」ことへの興味が大きくなり、免疫の研究も続けながら並行して、肺細胞の直接リプログラミングについての研究を始めました。ただし、これらの研究は全く別次元のものではありません。私は臨床医ですから、ゴールは患者さんに貢献すること。免疫の研究も肺再生の研究も、臨床の場で患者さんの病気を治すというゴールに向かって進んでいくのは同じことです。

Q.2 研究はどの段階まで進んでいるのですか?

国際特許出願を完了。最終的には臨床につなげていきたい

研究では、私たちが作った細胞を動物モデルに投与して症状が改善するという結果が得られています。これにより、国際特許出願を完了したところです。これまで心筋や神経の再生に成功した報告はあったのですが、肺細胞の再生は世界で最初の事例になったと思います。また、私たちが生体外で作った細胞を動物モデルに投与する事に加えて、現在動物モデルにリプログラミング遺伝子を直接投与する事で、生体内で肺を再生する研究も行っています。しかし臨床の場で実際に患者さんに還元するという意味では未熟な段階で、これからやるべきことが多いのも事実です。
研究の流れとしては、まずマウスで良い結果が得られれば、ヒト細胞を動物モデルで試すことになります。そこで副作用などを含めて大丈夫となると、非臨床プルーフ・オブ・コンセプトを得て、いよいよ臨床研究の段階に入っていくのです。私たちの研究においては、副作用のリスクもゼロではなく、患者さんに投与するまでにはまだ道のりがあります。マウスの段階は完了していますが、臨床の場で患者さんに貢献できるようになるまで、あと1段階、2段階…と研究を深めていく必要があるでしょう。

*非臨床プルーフ・オブ・コンセプト:病態モデル動物での薬効確認試験において、投与薬剤が意図した薬効を有することが示されること。

Q.3 福澤基金によって、どのような研究が可能になったのですか?

研究初期の未熟な頃から自由に研究を進められた

2010年から福澤基金の支援を受けて「肺再生」の研究をスタートしました。研究は現在進行形で進んでいますが、一定の結果が出ると段階的に特許を申請し、研究論文を発表します。福澤基金から研究費の助成を得て特許申請を行い、学術メディアで研究結果を公表することで研究が進んでいきました。そして、また資金を得て新たな特許を取得し……と研究をくり返し、最終的には患者さんに届けられるメソッドを確立していくことを目標にしています。
スタート当初から通算で6年間、研究費の助成をいただいていますが、特に研究を始めた頃は助かりました。バックグラウンドもない未熟な研究でしたから、公的資金の助成を受けるには高いハードルがあります。研究資金が確保できないと研究が進まないので、特許申請や研究論文を発表することができなくなる。すると次の研究資金が得られないという負のスパイラルに落ち込んでしまう危惧もあるのです。そんな中、福澤基金の支援によって初期から自由度の高い研究を進められたことは本当にありがたいことでした。

Q.4 福澤基金のどんなところにメリットを感じますか?

広く研究を見て、アイデアの新しさに着目してもらえる

バックグラウンドを重視する公的助成金と違い、広く研究を見て、アイデアの新しさに着目していただけるのが福澤基金の魅力です。未熟な研究にもスポットを当て、特許の出願をの支援していただいたことで、学内の研究を活性化する起爆剤になったかもしれないと思っています。福澤基金の支援により研究の結果を得て、その実績によってさらに研究を深めていく。この良いスパイラルが描けたことに大変感謝しています。
私たちの研究には慶應義塾の学生や大学院生も多く関わっています。彼らの中から、国際呼吸器学会で発表するという大変貴重な経験をした塾生や、日本学術振興会の研究員として採用された大学院生を輩出しました。福澤基金によって塾生、大学院生は他では得られない経験を積む機会を得ています。この基金は今後の研究者育成という面からも意義のある素晴らしいシステムではないでしょうか。資金援助を受けて、未来に希望の持てる研究を続けていくことができます。

Q.5 研究の今後の展望と研究者としての将来像を教えてください。

臨床に近いところで研究を続け、患者さんに貢献する

現在は「直接リプログラミングによる肺再生の研究」で良い結果が出ています。まだ発展途上ですが、今後はヒト細胞を使った研究で結果を出していくのが目標です。そこでまた新たな特許の取得を目指すのですが、特許を得るのが目的ではなく、成果を患者さんに届けるというゴールを見据えて研究を続けています。臨床において実用化するために、ひとつずつステップを上がり、ヒトでのプルーフ・オブ・コンセプトを得られるまでいかれれば良いですね。
私は臨床医ですので患者さんを助けたいという思いが根底にあります。一旦壊れてしまった肺は、なかなか再生するのが難しいものです。呼吸器疾患で苦しんでいらっしゃる患者さんはたくさんいます。この「直接リプログラミング」という手法を使って新たな治療方法を確立する。そのために患者さんに貢献できる研究を全力で続けていくのが私の夢です。
まだまだ私たちがやるべきことは数多くあります。今後もさらに研究を深めていくために、これまでと同様に、福澤基金のような支援をお願いしたいと思います。

※掲載内容は2019年10月17日現在のものです。

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