インタビュー:楠﨑 浩之君/放射線診断専門医

学生時代は精一杯楽しむことで
絆も深まる。
――放射線診断専門医 楠﨑浩之君


夫婦そろって慶應義塾大学を卒業している楠﨑 浩之君。お嬢さんが慶應義塾横浜初等部に通うようになってから、ますます慶應義塾への思いが強まったと言います。そんな楠﨑君に、塾生時代の思い出やこれから期待することなどを、図書館旧館 Café Tempus で聞きました。

Q. 学生時代で印象的な出来事を教えてください。

A. 「焼き肉を食べに行こう」と誘われて、韓国まで行ったこと。


私は高校受験で慶應義塾高等学校に入学しました。高校時代は、幼稚舎・中等部からの人たちの仲の良さをちょっと羨ましく思いながら勉強に励み、だんだんと慶應に馴染んでいきました。
大学に進学すると、友達と遊びに行くことも増えました。驚いたのは、友達が「焼き肉を食べに行こう」と誘ってくれて、近場に店があるのかと思ったら、そのまま韓国に行くことになったこと。スケールが違いました(笑)。当時はバックパッカーが流行っていて、思いつきでみんなで旅行に行っては、現地で別れてバラバラに帰る、なんてことをしていました。
外部生・内部生のどちらも経験しましたが、慶應には独特の空気感があって、自然と強い絆で結ばれていく気がしますね。

少し心残りなのは、体育会に入っていなかったことです。体育会でもっと塾生同士の仲を深めたかったなと思うことはあります。

Q. 卒業後の義塾とのつながりについて教えてください。

A. 仲の良かった友達を中心に、塾員同士、空気が合う仲間との交友関係が広がっている。


医学部を卒業した後に大学病院の放射線科に就職し、画像検査のレポートを作る仕事をしていました。研修が終わった後は、民間の病院で勤務医をしています。新型コロナウイルス感染症拡大(以下:コロナウイルス感染症)の第5波で、若い人を含めて症状の一つである肺炎が増えたのは心配です。
仕事は忙しいのですが、定時には帰れるので、妻や2人の娘と家族の時間を過ごせるのは嬉しいですね。

コロナウイルス感染症が流行する前の話になりますが、クラスで仲のよかった友達とは、毎年忘年会などで会って情報交換や近況報告をしていました。仕事や結婚、子育ての話などができて、有意義な時間を過ごしました。慶應義塾で同級生だった妻とも、共通の知人を通して再会したんです。ありがたいことです。
私と妻は違う業界で働いています。お互いに大学時代の友人を紹介し合って交友関係が広がりました。妻と結婚したことで友達が倍になりました(笑)。
塾員同士、価値観が合うので初対面でもすぐに親しくなれるのは本当に不思議なことです。これは何故なんでしょうね。「空気が合う」、そういう言葉でしか表せない安心感があります。

Q. お嬢さんを慶應義塾 横浜初等部へ通わせたきっかけを教えてください。

A. 自由に人生を選んでいけるような環境を重視しました。


たくさんの小学校を見学させていただいた中、妻とは「本人が自由に人生を選んでいけるような環境があるといいね」という話をしていました。横浜初等部は、勉強もさることながら、体験を通じて自分で考えさせるような授業もあり、魅力を感じました。先輩のお子さんも通われているので、横のつながりもあって安心だということもあります。
お陰様で、娘は楽しそうに学校に通っています。最近ではコロナウイルス感染症にまつわる一連の対応が早く、わかりやすい説明もあって助かりました。

娘はまだ幼いので簡単にではありますが、家族で福澤 諭吉先生の話をすることもあります。大河ドラマ『青天を衝け』と時代が近いので、テレビを見ながら、福澤先生が咸臨丸でアメリカへ渡航したことや、新銭座の新校舎を「慶應義塾」と定めて学校の運営をしていた最中、戊辰戦争で上野が戦場になったときも講義を続けていたこと(「ウェーランド経済書講」https://www.keio.ac.jp/ja/about/history/encyclopedia/10.html)などを話しました。
福澤先生の教えと言えば、明治時代に記した『女大学評論・新女大学』の中で、先生は既に女子教育、男女平等の重要性を説かれ、男尊女卑を批判されています。慶應義塾女子高等学校出身の友人から話を聞くと、福澤先生の男女平等の考えは一貫教育校にも強い影響を与えていることが分かります。娘を持つ親として、とても嬉しいことです。

Q. 小泉基金へご支援くださった経緯をお聞かせください。

A. 娘が一貫教育校に通い出して、力になりたいという思いが強くなった。


20代・30代の頃は自分のことに手いっぱいで、寄付を考える余裕がありませんでした。しかし娘が慶應に通い出して、力になりたいという思いが強くなりました。
慶應義塾からお手紙をいただくと、お世話になっていたことを思い出します。自分が義塾で受け取ってきたものを次の人に渡していきたいと思い、妻と相談したところ妻も同じ意見でしたので、ほんの気持ち程度で恐縮ですが協力させていただきました。

例えば医学部の学生だった頃、医学部が中国と医学生交流をしていて、中国に2、3週間行かせてもらったのですが、その経費はOBの方の寄付から出していただいていました。
中国では多くのカルチャーショックを受けました。中国の方は日本語と英語がすごく上手で驚きました。反面、地方では非常に個性的な医療が行われていたりしていました。
そんな体験から、多くのことを学ばせてもらいました。私もOBとして、次の世代にバトンを渡して、楽しく学ぶきっかけにしてほしいなと思います。

寄付金は学生生活のサポートや、研究活動面でも使ってもらえると嬉しいです。ささやかですが、『社中協力』の精神をつなげていけたら幸いです。

Q. 慶應義塾への思い、要望を聞かせください。

A. 次の社会の先導者になるような人材を育ててほしい。


慶應義塾は江戸時代から始まり、場所を変え、新しい時代を捉えてきた学塾です。福澤先生の『気品の泉源、智徳の模範』の言葉のとおりに、「智恵」と「徳義」を備え、次の社会の先導者になるような人材を育ててほしいと思います。
塾生の皆さんには、将来のことを、責任をもって自分で決めていく力を養っていただきたい。そして社会に還元・貢献してくれたら、これ以上の喜びはありません。

Q. 今の塾生の皆さんに向けてメッセージをお願いします。

A. 学生時代は精一杯楽しんで。


卒業してからも塾員同士で強くつながり、友人や知人の輪をどんどん広げていけるのが慶應義塾だと思います。そうやってつながれるのは学生時代に、学業はもちろん、体育会、サークルなどで、全力で学生時代を過ごしたからこそ。その思い出が生き続けるから、卒業後もみんなで集まれると思います。
学生時代は精一杯楽しんでもらいたいと思います。遊びも勉強も頑張ってください。精一杯楽しむ日々の積み重ねが、卒業後もずっと、私たちを支え続けてくれます。

※掲載内容は2021年11月25日現在のものです。

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